内部統制とリスクマネジメント~海外子会社管理~

皆様こんにちは。JGA税理士法人/税理士の片瀬です。

 

前回は海外子会社のガバナンスの目的が管理と権限移譲のバランスを設定することにある、そのためにトップダウンとボトムアップ双方向のコミュニケーションが重要ということをお話ししました。今回も引き続き海外子会社のガバナンスの話になりますが、ガバナンスの構成要素とは何でしょうか。このあたりの話をしたいと思います。

 

ガバナンス=内部統制+リスクマネジメント

 

ガバナンスの構成要素は、このように定式化することができると考えています(厳密には、さらに種々の要素を含むとされていますが、実務上の理解ではまずはここまで)。

 

内部統制もリスクマネジメントも一義的な定義があるわけではありませんが、おおよそ次のようにまとめることができます。

 

内部統制:財務諸表が真実であることに合理的な保証を与えるために、組織の内部環境と手続きを整え、継続的にモニタリングすること。

 

リスクマネジメント:会社の経営に重要な影響を与える外部環境リスク及び内部環境リスクを識別、評価、対応し、継続的にモニタリングすること。

 

内部統制では、統制環境と手続きを整備するために、内部環境リスクを識別、評価、対応、モニタリングするということを行いますので、結果としてリスクマネジメントの内部環境リスクを扱う部分と業務が重複します。(理念的な目標は異なるが、やっていることは同じ、というイメージです。)

 

近年、リスクマネジメントはその重要性から体系的に整備され、各会社も対応を求められています。ただ、リスクマネジメントをいきなりやれと言われても何をどうしたらよいのかわからなくなってしまうと思います。そこで出発点として考えられるのが、内部統制で伝統的に取り扱われてきた、3点セットといわれるものを基礎とすることです。

 

【内部統制 3点セット】

 

・業務フロー:業務プロセスを、人、情報、書類等の流れで可視化する形で図示したもの。

 

・業務記述書:具体的な業務プロセスを文章化したもの。

 

・RCM(リスクコントロールマトリックス):業務プロセスで発生する可能性がある業務リスクと、それぞれに対応するコントロールを一覧表にしたもの

 

 

このなかでも、特にRCMに注目してください。

 

内部統制の文脈でのRCMは、主に財務諸表の不正、つまり会計の不正リスクに対応するためのものです。リスクマネジメントはより範囲の広い外部の環境リスクも含めて取り扱う点でRCMとは守備範囲が異なりますが、リスクの洗い出しとコントロール方法の評価という性質は共通しています。

 

そのため、内部統制とリスクマネジメントは本来別の概念ですが、内部統制の延長上にリスクマネジメントをとらえて、横展開していくことが現実的な対応方法かと思われます。

 

また、一度に網羅的なものを作る必要はありません。上場企業の内部統制報告書のように株主や投資家向けの資料ではなく、内部的に経営判断と管理のために使用するためのものだからです。これだけは外せない!という重要なポイントに絞って導入することを意識しましょう。

 

なお、国内と海外では各種リスクの発生頻度や影響が異なるので、日本ではあまり意識しないリスクが、進出先の国では重要なリスクだったりするので、そういったリスクを外さないことが肝要です。

 

一つ簡単な思考実験をしてみます。まずは、内部環境リスクとそのコントロール方法を考えます。これはある程度の規模の会社であれば内部統制として当たり前のように整備されていることではないでしょうか。対応の具体的な方法はご自分の会社のITシステムの整備具合や人員の配置といった要因に左右されるので答えは会社の数だけあります。

 

No. リスクの内容 対応
1 不適切な収益認識(架空売上、循環取引)  
2 費用・収益の帰属期間操作  
3 賄賂・談合・キックバック  
4 小口現金の窃取・水増し経費  
5 労働争議(従業員のストライキ、サボタージュ)  

※5は日本では頻度は少ないですが、国によっては重要な内部環境リスクですね。(「ゼネスト」に分類されるものであれば厳密には外部環境リスクといえるかもしれませんが…。)

 

もし業務フローを頭に思い浮かべながら対応策を考えているうちに、不正のリスクコントロールとして不十分かもしれないというところがあれば、それがいわゆる「ボトルネック」と言われる箇所で、一つ一つその対応策を検討していくのがRCM作成の実務で行うことです。

 

これと同じように外部環境リスクについても考えていきます。(各リスクが顕在化したときにどのような影響が会社にあるかという思考をワンクッション入れると対応が考えやすいかと思いますので、「影響」の列を足しています。)

 

No. リスクの内容 影響 対応
1 中東の紛争ぼっ発による種々の影響(エネルギー価格上昇、海運ルートの変更)    
2 急激な為替変動(輸入企業なら円安、輸出企業なら円高)    
3 パンデミック(新型コロナウイルスや鳥インフルエンザ)    
4 地域固有の自然災害(地震、洪水、山火事etc.)    
5 業界の市場規模縮小    

 

少し難しいかもしれません。多くは中長期的影響を及ぼすもの、あるいは発生頻度の少ないリスクなので、今日明日激変するような性質のものではありません。(もちろん断言はできませんが。)

 

これらについての完全な対応策を網羅的にカバーしようとするといつまでたっても海外子会社管理が出発しません。もちろんこれらのリスクの重要性は高いですが、まずは内部環境リスクへの対応を考えるところからガバナンスを開始することが現実的と言えるでしょう。

 

次回のコラムは、一般的に日系企業はリスクマネジメントが苦手と言われることが多いのですが、その理由は何によるのかについて、一部をピックアップしてお話ししたいと思います。どうぞお楽しみに!

 

※海外子会社管理業務は、日本とタイと協力して行っており、当該コラムについても弊社タイ法人のWebサイトにもアップしております。

 

JGA税理士法人

代表社員/税理士 片瀬 陽平

税理士業界が変遷する中、国際ビジネスのみが残された最後の領域であると考え、税理士法人時代から国際ビジネスに長く携わる。国際ビジネスには2種類(日本側・現地側が)あり、現地ビジネスに関しては、現地に駐在しなければクライアントにベストプラクティスの提案ができないと考え、2013年にメキシコに渡り、現地会計コンサルティングファームの立ち上げを行う。渡墨後は、日系企業のメキシコ進出サポート及び現地日系企業への経営コンサルティング(事業計画/年度予算作成、内部統制・不正調査、各種DD、連結パッケージ作成など)を主に行っていた。2016年にはタイに渡り、Bridge Note (Thailand)Co.,Ltd.(現BM Accounting Co.,Ltd)を立上げ、次いでインドネシアのPT. Bridge Note Indonesiaの移転価格事業部を組成した。また、2018年にタイ移転価格税制協力会の発起人としてタイ移転価格税制サービスレベルの底上げを行う。専門領域は、経営コンサルティング、インバウンド支援、国際税務コンサルティング、社内DX化など多岐にわたる