【医療法人化のシミュレーション 第3回】 ~個人事業時の借入金~

皆様こんにちは。JGA税理士法人/税理士の片瀬と申します。

 

医療法人化の失敗ケースは「キャッシュフロー」による失敗です。典型的な失敗例はこれにつきますが、やってしまっている一番のパターンは「個人事業時の借入金」が法人化後にも個人に残ってしまうことに他なりません。もはや借入金さえクリアすれば失敗はないのではないかというくらいには重要です。

 

1,000万円の役員報酬があっても、個人借入金の返済に年間300万円を充てていたら、年収700万円と変わりありません。いえ、、、借金の返済は経費ではないため、個人の税金・社会保険料は1,000万円ベースで課され、実質的な手取金額で考えると年収600万円程度と変わらなくなってしまいます。

 

医療法人化すると「年収1,000万円 ⇒ 体感年収600万円」に!

 

税金計算の判断は所得金額で考えますが、医療法人化の判断はキャッシュフローで考えることが必要です。上記は一例にすぎませんが、このように借入金の返済が多くても、年収1,000万円に変わりはないのです(手元にはほとんどお金が残りません)。

 

では、何故そのようなことが起こってしまうのか。

 

医療法人化に際し、個人事業時の資産・負債を引き継げるのではないか。そうであれば個人事業時の借入金も引き継げるはずだ。このように認識しているドクターは非常に多いです。

 

もちろん資産の引き継ぎは可能です。医療法人を行うためには資産(医療機器・装置・器具など)を引き継がなければ通常業務を行うことができません。ポイントは、引き継げる負債が「(医療法人への)拠出資産に係る(関係する)負債」のみであるというところにあります。

 

つまり、個人事業時に「運転資金」として借り入れていた借入金については、医療法人に引き継ぐことは認められていないのです。これには次の2つの罠があります。

 

【2つの罠】

①借りられるだけ借りておこう

②なるべく税金を少なくしよう

 

1つ目の「①借りられるだけ借りておこう」は、基本的に個人事業時代に高額な医療機器等を導入するためには、その支出目的で借入を行うことが一般的ですが、当時はお金がない(ドクターとして独立する方は、その時点ではお金ない場合が多い)ので、借りられるだけ借りておこうというバイアスがかかってしまい、目的外の借入(というか、借りられるだけ借りておこうという判断)を行うドクターも多いのです。目的のないものは基本的に運転資金に流れ、借入金が引き継げないという罠にかかってしまうのです。

 

2つ目の「②なるべく税金を少なくしよう」は、基本的にドクターは節税という言葉が好きなのですが、皆様コレにけっこう精通していて、なるべく経費で落とす術を知っているのです。つまり、個人事業時に借入を行って医療器具等を購入し、資産計上すると余計に税金がかかってしまうというバイアスから、少額減価償却資産の特例の利用等により、なるべく経費で落とします。そして経費算入は運転資金利用であるので、借入金が引き継げないという罠にかかってしまうのです。

 

特に②の罠は非常に多い印象です。医療法人化を考えているドクターは、2つ目の状況を今すぐ顧問税理士に確認してください。黒字化のスピードが速い場合には、必ずその先に医療法人化があるので、費用化と負債の引継という両輪で考えることが重要です。

 

また、この罠は、医療法人への資産・負債の引継にあたり、売買契約書・Invoiceの添付が必要になるため、資産計上金額をごまかすことができません。つまり、個人借入金が残ってしまう場合には、個人の借入金の返済(キャッシュアウトフロー)を含めて医療法人化を検討することになり、そうすると役員報酬の増額をしなければならず、個人所得税が上がり、何のための医療法人化だったか?となりかねないのです。

 

【実は3つ目の罠も・・・】

 

少額減価償却資産の特例は30万円未満の資産を、その事業年度において一時に費用化する処理となります。これは、良いのです。一時に費用化されるので。問題は、「繰延資産」や「一括償却資産」です。

 

繰延資産:支出の効果が及ぶ期間において償却を行う

一括償却資産:3年間で均等償却を行う

※なお、基本的に医療法人への拠出は認められない可能性が高い。

 

つまり、個人の事業を辞めて、医療法人にしたのに、個人に事業資産が残ってしまう可能性があるのです。

 

基本的に、一括償却資産は、特例として「通達:相続があった場合の取り扱い」と同様に、個人としての最後の事業所得の確定申告で一時費用化が認められているようですが、繰延資産についてはその限りではありません。

ただ、医師会入会金など「支出の効果が複数年に及ぶもの」については、個人としての最後の事業所得の確定申告で費用化が認められない可能性が高いため事前に取り扱いの確認が必要となります。そのため「繰延資産」は注意です。

 

このように医療法人化には様々な罠があります。まずはポイントとなるキャッシュフローから確認して頂ければ幸いです。

 

※当該記事はクリニック経営マガジンに掲載された記事のアーカイブとなります。

【医療法人化のシミュレーション 第3回】 ~個人事業時の借入金~