皆様こんにちは、JGA税理士法人/税理士の片瀬です。今日は、コンピュータソフトウェア製品の販売等を行うアドビが日本で勝ち取った判例を紹介いたします。以前の判例分析(親子ローンの利息~判例分析~)の記事でアドビ事件と書いており、「何のこと?」と思われた方もいたかと思います。同じ時期に書いていており、リンクで相互に関連性を持たせるために名称入れていました。混乱した方はすみません。
かなり長くなりますので、こちらの分析もお時間があるときにお読みいただければ幸いです。「基本三法に準ずる方法と同等の方法」の考え方を主に抽出した分析ですので、楽しんで頂ければ!
【呼称】
アドビ事件(東京高裁平成20年10月30日判決を総称して「アドビ事件」としています。)
※こちらの控訴審では原審判決の大部分を流用しているため、下記本文においても原審の文言を流用しています。なお、アドビ事件は原審及び控訴審を含め呼称するものとします。
【事案の概要】
日本法人X(以下、「X社」という、原告)は、コンピュータソフトウェア製品の販売支援、マーケティング、製品サポートを業とする株式会社であり、米国法人A(以下、「A社」という)は、X社の発行済み株式の100%を保有する国外関連者である。 X社は、A社が製造販売するソフトウェアを卸売業者及びエンドユーザーに販売するのを支援する等の役務提供を行い、A社から役務提供の対価として手数料(A社の役務提供原価(コスト)に、Aの販売先に対する売上高の1.5%を加えたもの)を得る取引を行っていた。
これに対し、Y税務署長は、当該手数料の算定が合理的でないとし、グラフィックソフトを販売している法人から、在庫リスクのない受注販売方式で取引を行っている甲社を比較対象企業に選定し、「再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法」によって、独立企業間価格を算定し、本件更正処分を行った。
【取引関係図】
※当該事案の概要及び取引関係図は、説明の都合上、簡略化している。
なお、当該事案において、比較対象企業の選定に際し、重要となる関連者の果たす機能及び負担するリスクについては、次の通りである。
【機能・リスク分析(X社の果たす機能及び負担するリスク)】
【X社の機能】 |
【業務委託契約書Ⅰ/平成11年12月4日効力発生】
①当該ソフトウェア製品の販売及びマーケティング支援 ②当該ソフトウェア製品のマーケティング資料の提供 ③当該ソフトウェア製品のサポートサービスの提供(トレーニング含む) ④契約当事者が合意するこれらの責務を支援するその他の業務の遂行 【業務委託契約書Ⅱ/平成13年12月1日追加効力発生】 ①販売促進のため卸売業者を訪問及び顧客を誘導 ②製品紹介及び説明ため卸売業者を訪問、顧客及び戦略提携先を誘導 ③顧客から当該国外関連者に直接発注され原告に写しが送付された注文の追跡 ④契約当事者が合意するその他のサポートサービスの提供 |
【X社のリスク】 |
①報酬額が必要経費の額を割り込むリスクを負担していない
②在庫リスクを負担していない |
【判旨】
<原審の判断>
Ⅰ 本件国外関連取引のような役務提供取引において、基本三法と同等の方法といい得るためには、比較対象取引に係る役務が本件国外関連取引に係る役務と同種(独立価格比準法)か、あるいは同種又は類似(再販売価格基準法及び原価基準法)であり、かつ、比較対象取引に係る役務提供の条件が本件国外関連取引と同様であることを要するものと解するのが相当である。
Ⅱ X社において、(ⅰ)Y税務署が合理的な調査を尽くしたにもかかわらず、基本三法と同等の方法を用いることができないことについて主張立証をした場合には、基本三法と同等の方法を用いることができないことが事実上推定され、X社において、(ⅱ)基本三法と同等の方法を用いることができることについて、具体的に主張立証する必要があるものと解するのが相当であるところ、本件において、Y税務署は(ⅰ)を主張立証したが、X社の(ⅱ)の立証はない(下線:筆者)。
Ⅲ 本件においてY税務署が適用した独立企業間価格の算定方法は、該当する製品の販売においてX社が果たしている機能及び負担しているリスクの観点からすると、受注販売方式を採る再販売取引における再販売者の機能及びリスクと類似しているということができるから、「取引内容に適合し、かつ、基本三法の考え方(再販売価格基準法)から乖離しない合理的な方法」に当たるので、本件算定方法は、再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法に当たるというべきである(下線:筆者)。
つまり、原審の判断では、「受注販売方式を採る再販売取引における再販売業者の機能及びリスクと類似しているため、算定方法は再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法ということができ、X社が受ける本件手数料の額は独立企業間価格に満たない」とされた。
<控訴審の判断 その1(準ずる方法の要件及び主張立証責任について)>
Ⅰ Y税務署が本件取引に適用した独立企業間価格の算定方法は、当該製品と同種又は類似のソフトウェアについて非関連者間で行われた受注販売方式の再販売取引を比較対象取引に選定した上で、我が国における当該製品の売上高に比較対象取引の売上総利益率(必要な差異の調整を加えた後のもの)を乗じて、本件国外関連取引においてX社が受け取るべき通常の手数料の額(独立企業間価格)を算定するというものである。
Ⅱ 措置法66条の4第2項第2号ロは、棚卸資産の販売又は購入以外の取引について、基本三法に準ずる方法と同等の方法により独立企業間価格を算定することができる旨規定しているところ、この「準ずる方法」とは、(ⅰ)取引内容に適合し、かつ、(ⅱ)基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法をいうものと解するのが相当(下線:筆者)であり、また「同等の方法」とは、それぞれの取引の類型に応じて、基本三法と同様の考え方に基づく算定方法を意味するものであると解されるから、結局「基本三法に準ずる方法と同等の方法」とは、棚卸資産の販売又は購入以外の取引において、それぞれの取引の類型に応じ、取引内容に適合し、かつ、基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法をいうものと解するのが相当である。そして、本件算定方法が措置法66条の4第2項第2号ロ所定の再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法に当たることは、課税根拠事実ないし租税債権発生の要件事実に該当するから、上記事実については、課税庁において主張立証責任(下線:筆者)を負うものというべきである。
そこで、本件算定方法が、取引の類型に応じて、取引の内容に適合し、かつ、基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法といえるかを、以下の控訴審の判断(その2)を基に検討する。
<控訴審の判断 その2(準ずる方法の適用について)>
Ⅰ この点、再販売価格基準法は、再販売価格から通常の利潤の額を控除して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額(独立企業間価格)とする方法であるが、この方法が独立企業間価格の算定方法とされているのは、再販売業者が商品の再販売取引において実現する通常の利潤の額は、その取引において果たす機能と負担するリスクが同様である限り、同水準となると考えられているためである。すなわち、再販売価格基準法は、取引当事者の果たす機能や負担するリスクが重要視される取引方法であることから本件算定方法が、取引の内容に適合し、かつ、基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法であるか否かを判断するに当たっても、機能やリスクの観点から検討すべきもの(下線:筆者)と考えられる。
Ⅱ そこで、本件国外関連取引におけるX社と本件比較対象取引における本件比較対象法人とが、その果たす機能及び負担するリスクにおいて類似しているということができるかを検討する。
(Ⅰ) まず、X社は、本件各業務委託契約に基づき、(ⅰ)既存及び新規の当該製品の紹介及び説明のために、卸売業者を訪問して顧客等を誘導し、(ⅱ)当該製品のマーケティングの費用を負担し、マーケティング資料を作成して、マーケティングを行い、(ⅲ)本件国外関連者(A社)による日本での当該製品の販売促進及び宣伝広告を支援し、(ⅳ)卸売業者、ディーラー及びエンドユーザーに対し当該製品のトレーニングコースを提供し、(ⅴ)顧客に対しサポートサービスを提供するなどの役務提供行為を行っていたこと、本件各業務委託契約上、X社の報酬は日本における純売上高の1.5パーセント並びにサービスを提供する際に生じた直接費、間接費及び一般管理費配賦額の一切に等しい金額と定められていたことが認められる。
また、X社は在庫リスクを負担せず、顧客からの債権回収リスクも負担していない
(Ⅱ) 他方、本件比較対象法人は、主としてプロフェッショナル向けのグラフィックソフトの卸売及び小売を行う業者であり、本件比較対象取引の対象商品は海外のメーカーが製造したグラフィックソフトであること、本件比較対象法人は、上記対象商品を輸入業者から仕入れ、これを顧客に再販売していること、再販売先は、主としてコンピュータゲーム製作会社、デザイン会社、専門学校等の教育機関等のグラフィックソフトのエンドユーザーであるが、他方、卸売も行っており、本件比較対象法人はソフトウェアの流通過程における卸売業者(2次卸)及び小売業者に相当する企業であること、本件比較対象法人は、小売業者として、専門学校や大学の教員を訪問してデモンストレーションを行い、イベント等を開催して潜在顧客に上記対象商品を宣伝し、エンドユーザー向けに業界紙、ダイレクトメール、ウェブ広告等を通じて広告を出し、エンドユーザーからの質問やクレームを受け付けて処理をするというサポートサービスを提供するとともに、卸売業者として、卸売先の業者と共に潜在顧客先に赴いて製品のデモンストレーションをするなどの販売促進活動をしていたこと、本件比較対象取引は、仕入販売取引であるが、受注販売方式を採っており、在庫リスクはほとんどなく、売掛先が大企業等の信用の高い顧客が多く、貸倒れのリスクが小さいことが認められる。
(Ⅲ)以上を前提に、本件国外関連取引においてX社が果たす機能と、本件比較対象取引において本件比較対象法人が果たす機能とを比較するに、本件国外関連取引は、法的にも経済的実質においても役務提供取引と解することができるのに対し、本件比較対象取引は、本件比較対象法人が対象製品であるグラフィックソフトを仕入れてこれを販売するという再販売取引を中核とし、その販売促進のために顧客サポート等を行うものであって、X社と本件比較対象法人とがその果たす機能において看過し難い差異があることは明らか(下線:筆者)である。
また、一般的に価格設定にかかわる項目以外に果たす機能が単なる事務処理作業としてほとんど考慮する必要がないものとはいい難いのであって、本件役務提供取引においてX社の果たす機能と本件比較対象法人の果たす機能との間には捨象できない差異があるものといわざるを得ない。
また、X社はグラフィックソフトの販売を行っていないから、収受すべき手数料にはグラフィックソフトの販売利益が含まれないことになるのに対し、本件比較対象法人の総売上利益率にはグラフィックソフトの販売利益も含まれることになる。すなわち、X社は役務提供に見合った利益を取得すべきことになるのに対し、こと本件比較対象法人は再販売取引及び販売促進等の役務提供に見合った利益を取得するになるものと解される。
(Ⅳ) 本件国外関連取引においてX社が負担するリスクと、本件比較対象取引において本件比較対象法人が負担するリスクとを比較するに、X社は、業務委託契約上、A社から、日本における純売上高の1.5パーセント並びにサービスを提供する際に生じた直接費、間接費及び一般管理費配賦額の一切に等しい金額の報酬を受けるものとされ、報酬額が必要経費の額を割り込むリスクを負担していないのに対し、本件比較対象法人は、その売上高が損益分岐点を上回れば利益を取得するが、下回れば損失を被るのであって、本件比較対象取引はこのリスクを想定(包含)した上で行われているのであり、X社と本件比較対象法人とはその負担するリスクの有無においても基本的な差異があり(下線:筆者)、これは受注販売形式を採っていたとしても変わりがない。本件比較対象取引において、この負担リスクが捨象できる程軽微であったことについては、これを認めるに足りる的確な証拠はない。
Ⅲ 以上によれば、本件国外関連取引においてX社が果たす機能及び負担するリスクは、本件比較対象取引において本件比較対象法人が果たす機能及び負担するリスクと同一又は類似であるということは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない(下線:筆者)。本件算定方法は、それぞれの取引の類型に応じ、本件国外関連取引の内容に適合し、かつ、基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法とはいえないものといわざるを得ない。
Ⅳ したがって、本件において、本件算定方法を用いて独立企業間価格を算定した過程には違法があり、結局、措置法66条の4第1項に規定する国外関連取引につき「X社がA社から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たない」との要件を認めることはできないことになるから、上記独立企業間価格を用いてした本件各更正は違法であり、これを前提とする本件各賦課決定も違法である。
以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、X社の本件各請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきであり、これと異なる原判決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
なお、当該判決において争点となった問題点とその具体的な判断基準については、次のとおりである。
「アドビ事件/東京地裁・高裁判決」における問題点と判断基準
問題点 |
判例において問題点と照合する判断 |
判断基準 |
問題点①
合理性の範囲の問題点:主張立証責任の所在の適正性 |
【原審】主張立証責任は納税者(X社)にある
【控訴審】主張立証責任は課税庁(Y税務署長)にある |
【原審】課税庁が主張立証しているが、納税者は主張立証していないこと
※行政行為の公定力を根拠 【控訴審】課税根拠事実ないし租税債権発生の要件事実に該当すること |
問題点②
類似性の問題点:機能・リスク分析の適正性 |
【原審】果たしている機能及び負担しているリスクの観点からすると、受注販売方式を採る再販売取引における再販売者の機能及びリスクと類似している
【控訴審】果たす機能及び負担するリスクは、本件比較対象法人が果たす機能及び負担するリスクと同一又は類似であるということは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない |
再販売価格基準法において、果たしている機能と負担するリスクが同様である限り、売上総利益率は同水準となること
※機能リスクの類似性の程度により判断すること |
問題点③
適用基準に関する問題点: 「取引内容に適合」と「基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法」の優先順位 |
【原審】受注販売方式を採る再販売取引における再販売者に取引内容が適合するため「再販売価格基準法に準ずる方法」を採用
【控訴審】本件役務提供取引は、法的にも経済的実質においても役務提供取引と解することができる。対して本件比較対象取引は再販売取引を中核とし、その販売促進のために顧客サポート等を行うものであるから果たす機能において看過し難い差異がある。また、X社が損失リスクを負担していないのに対し、本件比較対象法人は、損失リスクを負担しているため、その負担するリスクの有無においても基本的な差異があり、「再販売価格基準法に準ずる方法」を採用することはできない。 |
【原審】「取引内容に適合」することを重要視
【控訴審】「基本三法の考え方から乖離しない」ことを重要視 |
実在性の問題点:シークレットコンパラブルを用いた課税の相当性 | 判例において該当箇所なし。
※判旨において特段の判断が得られなかったが、このような納税者が得られない同業他社への質問検査権で入手したシークレットコンパラブルを用いて課税を行うことは問題であることが考えられる。 |
アドビ事件の判旨において、判断基準は示されていない |
※表中下線:筆者
【合理性の範囲の問題点①】 主張立証責任の判断は適正になされていたか
主張立証責任について、原審判決では、「基本三法と同等の方法を用いることができない場合」の立証責任は、基本的には国にあるとしたものの、「課税庁が、合理的な調査を尽くしたにも関わらず、基本三法と同等の方法を用いることができないことについて主張立証をした場合には、基本三法と同等の方法を用いることができないことが事実上推定され、X社において、基本三法と同等の方法を用いることができることについて、具体的に主張立証する必要があると解することが相当」としているのに対し、控訴審判決では、「(原審の考え方:事実上の推定を行うことは、)本来国にあるべき「基本三法が適用できない」という要件の主張立証責任を事実上納税者に転換するのと同様の効果がある上、論理則及び経験則に著しく反するものであるから認められない」とされ、かつ、「本件算定方法が措置法66条の4第2項第2号ロ所定の再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法に当たることは、課税根拠事実ないし租税債権発生の要件事実に該当するから、上記事実については、課税庁において主張立証責任を負う(下線:筆者)」とされ、原審判決と180度異なった結論を示している。
この点に関して、東京大学名誉教授である金子宏氏は、「租税確定処分の取引を求める訴訟において、課税要件事実について納税者と租税行政庁のいずれが客観的立証責任を負うかについては、2つの見解が基本的に対立している」としている。
【客観的立証責任に対する見解】
①行政行為の公定力を根拠として、処分が違法であることについては原告が全面的に立証責任を負うとする考え方
②租税確定処分の取り消しを求める訴訟が、債務不存在確認訴訟と実質を同じくすることに着目し、この場合にも民事訴訟の通説である法律要件説に従って立証責任が配分されるべきであるとする考え方
その上で、金子教授は、租税行政庁が確定処分を行うためには、課税要件事実の認定が必要である(下線:筆者)から、原理的には第二の見解が正当であり、課税要件事実の存否及び課税標準については、原則として租税行政庁が立証責任を負うと解すべきであるとしている。この考え方は、判旨における「課税根拠事実ないし租税債権発生の要件事実に該当するから、上記事実については、課税庁において主張立証責任を負う」とされている部分と同義である。
ただし、この判断は金子教授も「原則として」と述べられている通り、あくまでも原則論であり、納税者が意図的に資料を隠蔽したり、課税庁の行う調査を妨害した場合には、この限りではないと考えるが、アドビ事件では、納税者は課税庁の調査に協力的であったという背景もあり、ことアドビ事件においては適正な判断であったといえるであろう。
つまり「課税庁の主張の範囲内で検討する本件」における類似性の検証は、移転価格税制における「基本三法に準ずる方法」への該当性に関するものであり、以下(参考①~③)において列挙するその他(課税庁の主張外)に合理的な判断が存在したとしても、検証の対象とはなりえないのである。
【類似性に関する問題点②】 機能・リスク分析において適正に判断がなされているか
「再販売価格基準法に準ずる方法」は、「取引内容に適合」、かつ、「基本三法の考え方から乖離しない場合」に採用されるものであるが、比較可能なものとしての採用可否を決定する重要な要素に機能・リスク分析がある。この点について、判旨においては、「(比較可能性の検討は)棚卸資産の種類及び役務の内容等、取引段階、取引数量、取引条件、取引時期、取引主体の果たす機能、取引主体の負担するリスク、取引主体の使用する無形資産、取引主体の事業戦略、取引主体の市場参入時期、政府の規制、市場の状況等を考慮するのが相当である」とした上で、「X社の報酬額が必要経費の額を割り込むリスクを負担していないのに対し、本件比較対象法人は、その売上高が損益分岐点を上回れば利益を取得するが、下回れば損失を被るのであって、本件比較対象取引はこのリスクを想定(包含)した上で行われているのであり、X社と本件比較対象法人とはその負担するリスクの有無においても基本的な差異がある(下線:筆者)」と述べられているが、この判断が正しいのかという疑問が浮かぶ。
そもそも当該国外関連取引は、X社が損失リスクを負担せずに、売上高の1.5%を収受するという取引であり、独立企業間においては成立しない取引であることは自明の理である。独立企業間において成立しない取引である当該国外関連取引と、独立企業間において営まれている比較対象取引のリスクの比較を、リスクを負担しているか否の点によってのみ比較している。つまり、独立企業間においては、通常あり得ないであろう不合理な当該合意について、受注販売方式による再販売取引とリスク面で乖離しているという形式的な判断は適切ではないという疑問である。
一般にハイリスク・ハイリターンという言葉があるように、リスクを大きく負担するほどリターン(収益)は大きくなるはずであり、当該(1.5%の)手数料収入についてリスクが少ない(又は、ゼロである)ことをどの程度考慮するかの問題であり、換言すると、受注販売方式による取引とリスク面で比較可能な範囲に納まるか(取引内容に適合するか)という判断が必要であると考えられる。
これは判旨、「本件国外関連取引は、法的にも経済的実質においても役務提供取引と解することができるのに対し、本件比較対象取引は、本件比較対象法人が対象製品であるグラフィックソフトを仕入れてこれを販売するという再販売取引を中核とし、その販売促進のために顧客サポート等を行うものであって、X社と本件比較対象法人とがその果たす機能において看過し難い差異があることは明らか(下線:筆者)」という部分にも関連する。下線中に、「法的にも経済的実質においても役務提供取引」とあるが、当該国外関連取引は法的には間違いなく役務提供取引であるが、経済的実質において役務提供取引であるかは判旨において直接的に言及されていない。むしろ原審において、「該当する製品の販売においてX社が果たしている機能及び負担しているリスクの観点からすると、受注販売方式を採る再販売取引における再販売者の機能及びリスクと類似しているということができる(下線:筆者)」としていることこそが、経済的実質の判断であると考えられる。
【適用基準に関する問題点③】 「取引内容に適合」と「基本三法の考え方から乖離しない」合理的な方法の優先順位
「基本三法に準ずる方法」は、「取引内容に適合」し、かつ、「基本三法の考え方から乖離しない場合」において認められるものであり、「乖離」のみを要件として「基本三法に準ずる方法」に該当しないとすることは認められるべきではない。
つまり、上記内容をまとめると、「経済的実質」としては、①種々の果たす機能(顧客誘導やマーケティング、広告宣伝、サポートサービスの提供など)及び②負担するリスク(在庫リスクなど)の面から、受注販売方式の再販売取引を行う再販売業者の取引内容に適合しているが、「法的」には、役務提供取引であるため基本三法の考え方から乖離しているということができるのである。
本件では、「基本三法から乖離しない場合」のみを優先し、「取引内容に適合する場合」を検討していないのであり、「基本三法に準ずる方法」の判定としては問題があるということができる。「取引内容に適合する」とし、当該受注販売方式の再販売業者にどの程度近接しているか、「基本三法の考え方から乖離している」とし、当該受注販売方式の再販売業者とどの程度乖離しているか、この2つの要素を総合的に判断し、「基本三法に準ずる方法」の該当性を検討することが必要であると考えている(参考:今村隆 『移転価格税制における独立企業間価格の要件事実』(税大ジャーナル, 国税庁, 12号, 2009年)28頁)。
これが、本稿における「基本三法に準ずる方法の適用基準に関する問題点」として、 「取引内容に適合」と「基本三法の考え方から乖離しない場合」の優先順位を挙げた主な理由である。
アドビ事件/東京高裁判決の種々の判例評釈において、「取引形態が、役務提供か物品販売かという大きな法的形式を重視したレベルでの差異に着目している」(参考:藤枝純 『独立企業間価格の意義(1)』(租税判例百選, 有斐閣, 第6版, 2016年)141頁)、「基本三法に準ずる方法と同等の方法の適法要件が厳格に解釈された結果、納税者に有利に働き、一般的なプロトタイプを前提に判断がなされている」(参考:望月文夫 『アドビ移転価格課税事件』(国税速報, 大蔵財務協会, 6064号, 2009年)42頁)、「法的形式が役務提供であるとの理由だけで、再販売価格基準法に準ずる方法によって算定する余地はないと同じであり、措置法66条の4が準ずる方法によることも認めている趣旨に反する」(参考:上記、税大ジャーナル29頁)など、否定的な見解の多くがこの部分に起因するものと思われる。
【実在性に関する問題点④】 シークレットコンパラブルを用いた課税の相当性
アドビ事件の主要な争点の一つであるシークレットコンパラブルについては、判旨において特段の判断基準が得られなかったが、このような納税者が得られない同業他社への質問検査権で入手したシークレットコンパラブルを用いて課税を行うことは問題ではないかという点も挙げられる。
シークレットコンパラブルとは、課税庁が課税の相当性を検証するための資料を、守秘義務を理由として秘匿するものであるが、その結果、納税者が課税の相当性について反論することができないという重大な問題点を含んでいる。
アドビ事件の発生時には、旧措置法66条の4第9項において、「(納税者が)独立企業間価格の算定のために必要と認められる帳簿書類を、遅滞なく提示若しくは提出しなかった場合には、質問検査権を行使して、比較対象企業の情報を収集できる」旨が記載され、守秘義務のルールの下、同業他社への質問検査権を行使し、独立企業間価格算定のための情報を収集できることが定められていた。そのため、捜査に非協力的であった又は帳簿書類等を遅滞なく提出をしなかった納税者には、シークレットコンパラブルの適用も考えられたが、ことアドビ事件においては、X社は、必要と認められる帳簿書類等をすべて遅滞なく提出して、事業内容の聴取等にも積極的に協力していたものとされるため、「シークレットコンパラブルの調査要件」は満たしていなかったものと考えられる。この点に関し、公認会計士・税理士の村田守弘氏(参考:『移転価格税制適用事案の判例(アドビ事件)∼裁判所が判断を下さなかったシークレットコンパラブルについて∼』(月間税務事例, 財経詳報社, Vol.42/No.3, 2010年)43頁)は、アドビ事件において「質問検査権限の行使に関わる違法事由について」を処分行政庁が争うと、事実認定ではなく、課税の違法性から必ず処分行政庁が敗訴する状況になると思料すると述べている。
このシークレットコンパラブルについては、納税者が入手不可能な情報を課税庁が利用するという点で問題があり、納税者の権利保護や適正手続きの保障の観点から謙抑的であるべきと考えている。
なお、多くの問題を含むシークレットコンパラブルではあるが、「基本三法に準ずる方法」の適用基準とはその性質を異にするものであるため、本稿においては、簡単な問題点の提言に留めることとする。
「アドビ事件/東京地裁・高裁判決」の評価
アドビ事件における主要な論点は、「①主張立証責任の判断」、「②基本三法に準ずる方法の適用要件である(基本三法の要件の)修正課税要件に十分な合理性があるか」、この2点となる。特に本稿においては、「基本三法に準ずる方法の適用要件」をその目的としているために、この2点のうち、「修正課税要件」に合理性があるかの判断が適正になされていたかの観点から、アドビ事件/東京地裁・高裁判決を評価することとする。
「修正課税要件(前述税大ジャーナル21頁より)」の合理性
修正課税要件をアドビ事件に基いて考えると、アドビ事件における国外関連取引においては、基本三法の考え方の枠内では、比較可能な取引が存在しないという側面がある。損失リスクを負担しないようなアドビ事件における役務提供取引(売上高の1.5%)においては、原価基準法と同等の方法により、比較対象取引を抽出することは現実的に難しいと言わざるを得ないのである。
このようなに、比較対象となる取引が存在しない場合においても、「取引内容に適合」、かつ、「基本三法の考え方から乖離しない場合」において、基本三法の要件事実を修正することができ、「基本三法に準ずる方法」の適用が可能なものとなる。
では、どのように課税要件を修正していくのであろうか。再販売価格基準法の課税要件は、①国外関連取引の存在、②再販売取引の存在、かつ、③類似の比較対象取引の存在であるが、これをアドビ事件における役務提供取引と、次の表において比較して確認する。
再販売価格基準法の課税要件 |
修正される役務提供取引 |
①国外関連取引の存在
②再販売取引の存在 ③類似の比較対象取引の存在 |
①国外関連取引の存在
②役務提供取引の存在(再販売取引が存在しない) →機能リスク分析により、取引内容に適合するとして、「再販売取引の存在」という課税要件に近接させる ③類似の比較対象取引の存在 →機能リスク分析により、再販売価格基準法の考え方から乖離する場合には、「類似の比較対象取引の存在」という課税要件から乖離させる |
この表の「修正される役務提供取引」における②及び③の内容(①の内容については、アドビ事件において争いがない)に対して、「取引内容に適合」、かつ、「基本三法の考え方から乖離しない」合理的な方法の適用要件を満たせば、基本三法の要件事実を修正することができ、「再販売価格基準法に準ずる方法」を適用することができるのである。具体的に当該表に照らして検討すると、②の役務提供取引の存在を修正し、「再販売取引の存在」という課税要件に合理的に近接することが可能であるか否かを、「取引内容に適合」するという「基本三法に準ずる方法」の適用要件をもって判断することとなる。
そして、これを達成するためのプロセスが機能リスク分析となり、次の機能リスクの分析表Ⅰに基づく、機能及びリスクの具体的な内容から役務提供取引を再販売取引に近接させるのである。
【機能リスク分析表Ⅰ(取引内容に適合するかの判断要素)】
機能 |
リスク |
①既存及び新規の当該製品の紹介及び説明のために、卸売業者を訪問して顧客等を誘導していること
②当該製品のマーケティングの費用を負担し、マーケティング資料を作成して、マーケティング活動を行っていること ③本件国外関連者(A社)による日本での当該製品の販売促進及び宣伝広告を支援していること ④卸売業者、ディーラー及びエンドユーザーに対し当該製品のトレーニングコースを提供していること ⑤顧客に対しサポートサービスを提供していること |
①X社は在庫リスクを負担せず、顧客からの債権回収リスクも負担していないこと |
この機能リスク分析表Ⅰについて鑑みるに、アドビ事件における役務提供取引については、本件比較対象となる受注販売方式による再販売取引とこれらの機能・リスク面で類似しているということができるだろう。つまり、「(準ずる方法における)取引内容に適合する」という要件に則って、これらの機能及びリスクの面から、再販売価格基準法の再販売取引の存在という課税要件に近接させたのである。この取引内容に適合するという要件は、経済的実質において近接させると考えると解りやすい。
次に「修正される役務提供取引」にある「類似の比較対象取引の存在」という内容を、「基本三法の考え方から乖離しない」という準ずる方法の要件に照らして修正し、修正課税要件が合理的な(基本三法の考え方から乖離しない)範囲内に納まるかを確認する。
これは、措置法施行令39条12⑥における、再販売価格基準法の比較対象取引(独立企業間価格)の要件からの乖離の程度によって判断されるため、次ページの表において当該比較対象取引(独立企業間価格)の要件を改めて記載する。
【再販売価格基準法の比較対象取引(独立企業間価格)の要件】
再販売価格基準法による比較対象取引(独立企業間価格)の要件 |
①特殊関係にない者からの棚卸資産の購入であること
②国外関連取引と「同種又は類似の棚卸資産」であること ③比較対象取引が国外関連取引と売手の果たす機能その他において差異が存在しないこと ③又は、国外関連取引と差異がある場合には、その差異を調整することができること |
再販売価格基準法に準ずる方法においても、「基本三法の考え方から乖離しない」ことが求められており、「類似の比較対象取引の存在」という課税要件に乖離しないか否かを、「基本三法の考え方から乖離しない」という「基本三法に準ずる方法」の適用要件をもって判断することとなる。そのため、これらの再販売価格基準法の比較対象取引(独立企業間価格)の要件を、次の機能リスク分析表Ⅱにおける機能及びリスクの面から乖離しないか確認することが必要である。
【機能リスク分析表Ⅱ(基本三法の考え方から乖離しないかの判断要素)】
機能 |
リスク |
本件国外関連取引は、法的にも経済的実質においても役務提供取引と解することができるのに対し、本件比較対象取引は、本件比較対象法人が対象製品であるグラフィックソフトを仕入れてこれを販売するという再販売取引を中核とし、その販売促進のために顧客サポート等を行うものである。 | 本件国外関連取引は、報酬額が必要経費の額を割り込むリスクを負担していないのに対し、本件比較対象法人は、その売上高が損益分岐点を上回れば利益を取得するが、下回れば損失を被るのであって、本件比較対象取引はこのリスクを想定(包含)した上で行われているのである。 |
この機能リスク分析表Ⅱについて鑑みるに、アドビ事件における役務提供取引については、本件比較対象となる受注販売方式による再販売取引とこれらの機能・リスク面で乖離しているということができるだろう。つまり、「(準ずる方法における)基本三法の考え方から乖離しない」という要件に則って、これらの機能・リスクの面から、「類似の比較対象取引の存在」(具体的な手続きとしては、措置法施行令39条12⑥に規定する「再販売価格基準法の比較対象取引(独立企業間価格)の要件」を利用する)から乖離するかを確認するのである。この側面は、法形式において乖離させると考えると解りやすい。
【アドビ事件の評価】
上記により、筆者のアドビ事件の評価は、「原審判決」及び「控訴審判決」のいずれも問題があると考えている(控訴審判決については、おおよそ適正であったが、問題点も散見されるということ)。その問題点の具体的な内容はそれぞれ次の通りである。
原審の問題点 |
控訴審の問題点 |
原審の問題点は、準ずる方法の適用要件である「取引内容に適合する」という面を重視しているということである。
【判旨該当箇所】 該当する製品の販売においてX社が果たしている機能及び負担しているリスクの観点からすると、受注販売方式を採る再販売取引における再販売者の機能及びリスクと類似しているということができるから(下線:筆者)、「取引内容に適合し、かつ、基本三法の考え方(再販売価格基準法)から乖離しない合理的な方法」に当たるので、本件算定方法は、再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法に当たるというべきである
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控訴審の問題点は、準ずる方法の適用要件である「基本三法の考え方から乖離しない」という面を重視しているということである。
【判旨該当箇所】 本件国外関連取引は、法的にも経済的実質においても役務提供取引と解することができるのに対し、本件比較対象取引は、再販売取引を中核とし、その販売促進のために顧客サポート等を行うものであって、X社と本件比較対象法人とがその果たす機能において看過し難い差異があることは明らか、また、X社は、報酬額が必要経費の額を割り込むリスクを負担していないのに対し、本件比較対象法人は、その売上高が損益分岐点を上回れば利益を取得するが、下回れば損失を被るのであって、本件比較対象取引はこのリスクを想定した上で行われているのであり、X社と本件比較対象法人とはその負担するリスクの有無においても基本的な差異がある(下線:筆者)。そのため本件国外関連取引においてX社が果たす機能及び負担するリスクは、本件比較対象取引において本件比較対象法人が果たす機能及び負担するリスクと同一又は類似であるということは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 |
つまり、原審と控訴審の判決の内容は、一側面からの類似性の検証しか基本的には行われていない。基本三法に準ずる方法の適用要件においては、「取引内容に適合する」と「基本三法の考え方に乖離しない」合理的な方法という両面から、その類似性について、総合的に検証されるべきものでなければならないものと考えている。
いかがでしたでしょうか。両面からの合理的な検証はとても難しいですよね(重りの付け方もそれはそれで恣意的になってしまいますし)・・・。このアドビ事件も利息取引事件と同様にとても難しかったと思います。実際に私が移転価格文書を作成しているタイとインドネシアでは、実務上(作成時には)ここまでの検証は行いません。どうしても理論的な肉付けは後になってしまうのですが、作成時においてもどのようなリスクが考えられるか、そのリスクの洗い出しは行うようにしなければと切に思います。
移転価格は取引価格そのものを是正される税制のため、その金額的なリスクも過大になります。どこまで検証するかは会社によってことなりますが、常にリスクを鑑みながら移転価格実務に取り組んで頂ければ幸いです。
【筆者紹介】
JGA税理士法人
代表社員/税理士 片瀬 陽平
税理士業界が変遷する中、国際ビジネスのみが残された最後の領域であると考え、税理士法人時代から国際ビジネスに長く携わる。国際ビジネスには2種類(日本側・現地側が)あり、現地ビジネスに関しては、現地に駐在しなければクライアントにベストプラクティスの提案ができないと考え、2013年にメキシコに渡り、現地会計コンサルティングファームの立ち上げを行う。渡墨後は、日系企業のメキシコ進出サポート及び現地日系企業への経営コンサルティング(事業計画/年度予算作成、内部統制・不正調査、各種DD、連結パッケージ作成など)を主に行っていた。2016年にはタイに渡り、Bridge Note (Thailand)Co.,Ltd.(現BM Accounting Co.,Ltd)を立上げ、次いでインドネシアのPT. Bridge Note Indonesiaの移転価格事業部を組成した。また、2018年にタイ移転価格税制協力会の発起人としてタイ移転価格税制サービスレベルの底上げを行う。専門領域は、経営コンサルティング、インバウンド支援、国際税務コンサルティング、社内DX化など多岐にわたる。