本記事は、特定の株式や金融商品の購入を推奨し、投資をあおることを目的としたものではありません。今後の株価や市場の値動きを予想するものでもありません。生成AIを利用したプロンプトエンジニアリングの考え方を説明するため、株式投資を題材として取り上げています。
記事中の未来像は、将来を断定するものではなく、プロンプトを設計するために置いた仮説の一例です。実際の投資判断は、最新の開示資料等を確認したうえで、読者ご自身の責任において行っていただく必要があります。
プロンプトエンジニアリング実践編2035年の未来から「産業のボトルネック」を逆算してみた
前回のコラムでは、プロンプトエンジニアリングとは質問文を上手に書くことではなく、AIに「正しい順番で考えさせるための思考手順の設計」であるとご説明しました。今回はその実践編として、筆者が実際に作成した「日本株の長期的な調査候補を抽出するプロンプト」を題材に、複雑な問題をどう分解してプロンプトへ落とし込むのかをご紹介します。
第1章 前回のコラムを受けて、実際にプロンプトを作ってみた
前回の記事「プロンプトエンジニアリングの基礎~株式投資を例にして~」でお伝えしたのは、AIにいきなり答えを聞くのではなく、AIが考える「順番」を設計することが重要という点でした。今回はその考え方を具体化するため、筆者が実際にプロンプトを作成してみました。
最初に、本記事の立場をはっきりさせておきます。
- 個別銘柄の推奨や、株価の予言が目的ではありません
- 株式投資を題材に、複雑なプロンプトの設計方法を紹介することが目的です
- プロンプトの回答結果よりも、「どのような考え方で作ったか」が重要です
そのため、本記事にはプロンプトが出力した銘柄名やランキングは一切掲載せず、プロンプトを組み立てるまでの思考の過程だけを扱います。
第2章 最初に銘柄を聞くと、現在の延長線上の回答になりやすい
株式について、多くの方は次のようにAIへ聞きたくなるのではないでしょうか。
「今後上昇しそうな日本株を教えてください」
「AI関連の有望銘柄を教えてください」
「10倍株候補を教えてください」
こう質問すると、AIは現在すでに知られているAI、半導体、防衛、ロボット、データセンターといった人気テーマや有名企業を整理して回答しやすくなります。これはAIの能力不足ではありません。この聞き方は「現在ある情報を整理してください」という問いしか与えておらず、現在の人気テーマが返ってくるのは自然な結果なのです。
もうひとつの問題は、人間もAIも、最初に出てきた銘柄名にその後の判断を引っ張られやすいことです。心理学ではこれを「アンカリング」と呼びます。最初に「A社はどうですか」と聞けば検討はA社中心になり、A社に有利な情報ばかり集めてしまう「確証バイアス」も働きます。買い物で最初に見た値札を基準に安い・高いを判断してしまうのと同じ構造です。
そこで今回のプロンプトでは「最初に銘柄名を出させない」というルールを設け、銘柄名は一連の検討を終えた後の「結果」として扱いました。一般的な質問との違いは次のとおりです。
| 比較項目 | 一般的な質問 | 今回のプロンプト |
|---|---|---|
| 出発点 | 現在の人気テーマ | 2035年の未来仮説 |
| 最初に探すもの | 銘柄名 | 社会課題 |
| 注目対象 | 目立つ完成品 | 普及時に不足する部材・技術 |
| AIの役割 | 候補を列挙する | 仮説を分解・検証する |
| 最終成果 | 銘柄リスト | 調査候補と検証項目 |
※スマートフォンでは表を横にスクロールできます。
第3章 プロンプトの出発点は「自分がどう未来を見るか」
ここからが、本記事で最もお伝えしたい内容です。良いプロンプトを作るうえで最も重要なのは、命令文の書き方の技術ではなく、作る人自身がどのような未来仮説を持っているかです。
自分が描いた未来のストーリーです。
今回のプロンプトでは、その中核として2030年から2035年にかけて次のような仮説を置きました。いずれも確定した未来ではなく、検証対象のシナリオです。
- マイナス実質金利(金利がインフレ率に追いつかず、現金の価値が実質的に目減りする状態)が続き、政府、企業、投資家の資金が、実物資産、設備、インフラ、希少部材、国内生産能力へ向かう
- 高インフレにより、単に需要が伸びる企業よりも、供給能力、価格転嫁力(コスト上昇分を販売価格に反映できる力)、代替の難しさ、認証済みサプライヤーとしての地位を持つ企業の価値が高まる
- AIがソフトウェアだけでなく、ロボット、工場、物流、港湾、農業、医療、介護、防衛など現実の世界へ広がっていく
- 人手不足が続き、省人化・自動化への投資が必要になる
- AIやデータセンターの普及で、電力、冷却、水、通信、データ保存などが制約になる
- 米中分断や地政学リスクにより、サプライチェーン(部品や材料の供給網)の再構築が進む
- 中国依存を減らすため、日本、台湾、韓国などに代替供給網が求められる
- 完成品だけでなく、センサー、モーター、減速機、制御、検査、認証、保守といった「裏側」の重要性が高まる
- 高インフレや人件費上昇により、顧客の電力費、人件費、保守費、不良コストを削減する技術の価値が上がる
ここでいう未来予測とは、将来を正確に当てることではありません。複数の変化を因果関係でつなぎ、「これが起きたら、何の需要が生まれ、どこに制約が生じるか」を考える作業です。たとえば「AIの利用が広がる」と置けば、「計算量が増える。電力消費が増える。熱が増えて冷却が必要になる」という連鎖を描けます。当たるかどうかではなく、筋の通ったストーリーとして組み立てられているかが問われます。
この仮説の質が、プロンプト全体の質を決めます。仮説がずれていれば、どれだけ詳細な命令文を書いても調査の方向そのものがずれます。逆に仮説が具体的であれば、AIはそれを分解し、反証を探し、追加で確認すべき情報を挙げ、具体的な調査項目へ変換できます。
人間が置いた未来仮説を、分解し、検証し、広げるための道具です。
第4章 「未来のストーリー」そのものをプロンプトにする
今回のプロンプトは、いきなり企業を探させず、次の9段階の順番でAIに考えさせています。
この流れの本体は、「2035年はどのような社会か」「何の解決が求められるか」「どの産業が脚光を浴びるか」「普及したときどこで不足が起きるか」「そのボトルネックを解消する企業はどこか」という一連の未来ストーリーです。銘柄を検索する条件は最後に付いてくる部分にすぎません。つまり今回のプロンプトでは、未来予測に基づいてボトルネック解消企業を探す「ストーリーそのもの」がプロンプトになっています。
第5章 脚光を浴びる産業と、本当に不足するものは違う
今回のプロンプトで特に重視したのが、「脚光産業」と「ボトルネック」を分けて考えることです。
脚光産業とは
社会や市場から注目される産業です。フィジカルAI(AIがロボットなどを通じて現実世界で働く領域)、産業ロボット、ドローン、倉庫・港湾の自動化、AIデータセンター、半導体、防衛・海洋監視、医療AI、介護の自動化などが例です。
ボトルネックとは
脚光産業が実際に普及する段階で不足し、産業全体の成長を止めかねないものです。電力、冷却、水、通信、モーター、減速機、センサー、エンコーダ、検査装置、信頼性試験、安全認証、組込みソフト人材、保守人員、交換部品、データ圧縮・削減、OTセキュリティ(工場設備などを守るセキュリティ)などが例です。
ロボットが普及する未来を予想するなら、完成品メーカーだけを探すのでは不十分です。大量に導入されれば、センサー、モーター、減速機、安全認証、検査、保守部品、組込みソフトが不足する可能性があります。AIデータセンターも同じで、GPUやサーバーより先に、電力の確保、受変電設備、冷却、液冷、水処理、排熱、通信、保守が制約になり得ます。目立つ産業の「表側」だけでなく、普及を支える「裏側」を探すことが今回の特徴です。この二層の関係は次のような構造になります。
第6章 今回作成したプロンプトの構造
今回のプロンプトはWord文書で50ページを超える分量になりましたが、全体は7つの段階に整理できます。
第1段階 未来シナリオを作る。2035年のマクロ環境、人口動態、地政学、電力制約、人手不足を整理し、調査の前提となる未来ストーリーを文章で描かせます。
第2段階 脚光産業を抽出する。未来の社会課題から必要になる産業を逆算します。現在の人気テーマから選ぶことはプロンプト内で禁止しています。
第3段階 ボトルネックを抽出する。普及時に不足する部品、設備、技術、人材、制度と、「なぜ簡単に解消できないのか」をあわせて整理します。
第4段階 企業候補を広く探す。ここで初めて企業を探します。最初から絞らず、約50社のロングリストで見落としを減らします。
第5段階 候補を段階的に絞る。約50社から20社、20社から10社へ、先に定めた評価基準で絞り込み、主観による選別を減らします。
第6段階 数値で実現可能性を検証する。時価総額、売上高、営業利益、利益率、PER、必要成長率などから、ストーリーが数値的に成立し得るかを確認します。
第7段階 反証する。弱気シナリオ、仮説が破綻する条件、撤退条件、監視するKPI(重要指標)を設定させ、都合の良い材料だけを集めない仕組みにします。
| 段階 | AIに考えさせること | 目的 |
|---|---|---|
| 1 未来シナリオ | 2035年の社会環境 | 調査の前提を作る |
| 2 脚光産業 | 解決が必要になる産業 | 成長領域を定義する |
| 3 ボトルネック | 普及時に不足するもの | 実需を探す |
| 4 ロングリスト | 幅広い企業候補 | 見落としを減らす |
| 5 絞り込み | 評価基準による比較 | 主観を減らす |
| 6 数値検証 | 売上・利益・時価総額 | 実現可能性を確認する |
| 7 反証 | 弱気条件・破綻条件 | 仮説への過信を防ぐ |
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企業名が登場するのは第4段階以降です。前半の3段階はすべて未来ストーリーの分解に使われており、ここに今回のプロンプトの重心があります。
第7章 詳細なプロンプトを書けばよいわけではない
今回のプロンプトは非常に長く、多数の条件を含みます。しかし「長いから優れている」わけではありません。重要なのは文字数ではなく、次の項目が因果関係で一本につながっていることです。
条件を大量に並べただけのプロンプトは、長くても使いにくくなります。個々の条件が互いに関係していないため、回答も箇条書きの寄せ集めになりがちだからです。一方、仮説と因果関係が整理されていれば、確認項目や除外条件が自然に増え、その結果としてプロンプトが長くなることはあります。長さは因果の鎖を丁寧にたどった副産物であって、目的ではありません。
問いの深さは、プロンプトの長さではなく、未来をどこまで具体的に考えたかで決まります。
第8章 人間が担当することと、AIが担当すること
今回のプロンプト作成を通じて改めて感じたのは、AIにすべてを任せることはできない、ということです。役割は次のように分かれます。
人間が担当すること
- どのような未来になると考えるか、どの変化を重要と考えるか
- 何を社会課題と捉え、何を調査の目的とするか
- どのリスクを許容しないか
- 最終的にどの情報を信用し、どの仮説を採用・棄却するか
AIが担当すること
- 仮説の構造化と、因果関係の抜けの確認
- ボトルネックの分解と、検討対象を広げること
- 評価項目の整理、比較表の作成
- 反対仮説の作成、確認すべき資料やKPIの整理
- 大量の公開情報を一定の形式で整理すること
| 人間の役割 | AIの役割 |
|---|---|
| 未来仮説を置く | 仮説を分解する |
| 目的を決める | 調査工程を整理する |
| 重要な価値判断を行う | 比較材料を提示する |
| 情報の信頼性を判断する | 情報源と未確認事項を整理する |
| 最終判断を行う | 判断に必要な論点を提示する |
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AIに任せられる範囲は今後さらに広がるとしても、どの未来を想定し、何を問いとして設定するかは、人間側に残る重要な仕事です。
第9章 この考え方は、株式投資以外にも使える
「未来仮説を置き、課題を整理し、ボトルネックを探し、解決策に落とし込む」という流れは、株式投資のためだけのものではありません。経営のさまざまな場面に、そのまま応用できます。
| 活用分野 | 未来について考えること | 想定されるボトルネック | プロンプトで設計すること |
|---|---|---|---|
| 新規事業 | 5年後の顧客ニーズ | 不足する商品・サービス | 自社が提供できる解決策 |
| 採用 | 将来必要になる組織・能力 | 採用・育成上の不足 | 採用メッセージ、制度、育成計画 |
| 業務改善 | 将来の業務量・人手不足 | 業務が停滞する工程 | AI、自動化、外注、標準化の使い分け |
| AIエージェント経理 | 将来の経理業務 | 入力、確認、承認、証憑管理 | AIと人間の役割、環境、ルール、承認フロー |
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いずれも出発点は「自社や顧客の未来をどう見るか」という仮説です。具体的な打ち手や商品名を最初に探すのではなく、未来の課題とボトルネックを先に描く。この順番は経営判断でも共通です。
第10章 今回のプロンプトにも限界がある
今回のプロンプトは万能ではありません。少なくとも次の限界があります。
- 出発点となる未来仮説が外れれば、結論も変わります
- AIが参照できる情報には、範囲と時点の限界があります
- 将来予測には、そもそも不確実性があります
- 数値や企業情報は、必ず最新の一次情報(決算短信、有価証券報告書などの開示資料)で再確認する必要があります
- プロンプトが詳細でも、回答に含まれる事実関係が正しいとは限りません
- 評価基準や点数には、作成者である筆者の価値判断が含まれています
- AIの出力は投資判断ではなく、追加調査の入口にすぎません
- 市場価格には、プロンプトで捉えきれない多数の要因が影響します
こうした限界を踏まえ、今回のプロンプトには、弱気シナリオ、反証条件、撤退条件、監視KPIを必ず作らせる仕組みを入れています。AIに自分の仮説を肯定させるのではなく、仮説を壊す材料も一緒に探させるためです。都合の良い答えだけを求めれば、AIは確証バイアスを増幅させる装置になります。反証まで含めて設計することが、AIを健全に使う条件だと考えています。
第11章 まとめ
- プロンプトエンジニアリングとは思考手順の設計であり、今回はその考え方を実際のプロンプトに落とし込みました
- プロンプトの中心は個別銘柄の検索条件ではなく、2035年の未来ストーリーです
- 未来の社会課題から脚光産業を考え、普及時のボトルネックを探し、そこで初めて企業を探しています
- 良いプロンプトには作成者自身の仮説と未来予測が必要で、AIはその仮説を分解・検証する道具です
- この方法は、経営計画、新規事業、採用、業務改善などにも応用できます
AI時代に必要なのは、AIから答えを引き出す技術だけではありません。自分がどのような未来を想定し、その未来に向けて何を問うべきかを考える力です。その未来のストーリーを言葉にしたとき、ストーリーそのものがプロンプトになります。
本記事は、特定の株式や金融商品の購入を推奨し、投資をあおることを目的としたものではありません。今後の株価や市場の値動きを予想するものでもありません。記事中の未来像は、プロンプトを設計するために置いた仮説の一例です。実際の投資判断は、最新の開示資料等を確認したうえで、読者ご自身の責任において行っていただく必要があります。
プロンプトエンジニアリングの基本的な考え方については、前回の記事もあわせてご覧ください。
プロンプトエンジニアリングの基礎~株式投資を例にして~
